アジア開発銀行(Asian Development Bank: ADB)と開発
国際基督教大学準教授 近藤正規作成
戸田陽一郎編集
1.組織目的
ADBの設立協定によると、その組織目的はアジア及び極東地域の経済発展と地域協力を育成し、開発途上にある加盟国の経済開発プロセスを促進することにある。また、この目的を達成するために、1)域内の投資促進、2)調和の取れた経済成長と開発ニーズの観点から順位付けされた資源の活用、3)加盟国からの支援要請に対する資源の有効活用と貿易振興のための開発政策枠内での支援、4)開発プログラム等のための技術支援、5)域内の投資と関連する国際機関等との協力等を実施するとされている。
2.歴史的背景
第二次世界大戦後、貧困層が最も多く居住するアジア・太平洋地域が今後、経済発展を遂げ、人々の生活向上のためには同地域のための銀行が必要であると強く認識された。そこで、1963年12月にフィリピンのマニラで開催された国連アジア極東経済委員会(Economic Commission for Asia and the Far East: ECAFE)のアジア経済協力に関する閣僚会議で立案・作成された設立協定を基に、1966年12月19日にADBは設立された。発足当初は31カ国であった加盟国は、その後増え続け、現在63カ国となり、45カ国の域内国と18カ国の域外国からなっている。
ADBの戦略は設立以来、経済成長重視の考え方に立ってハード・インフラ支援を中心に業務を行ってきた。その後、1970年代に世銀はベーシック・ヒューマン・ニーズ(Basic Human Needs: BHN)寄りに方針を転換したものの、基本的なADBのスタンスは依然として、経済成長とインフラ重視であった。しかし、1990年代に世銀やイギリス等の主要ドナーが貧困撲滅重視を中心課題として打ち出し、また1997年に起きたアジア経済危機後にアジア諸国で貧困問題が再び取り上げられると、ADBは貧困撲滅を戦略の中心課題に掲げることとなった。
3.資金
ADBの通常業務のための資金は、債券発行、貸付の返済金、加盟国からの拠出金、協調融資によって賄われている。その一方、貸付に使用する財源は通常資本財源(Ordinary Capital Resource: OCR)と各種の特別基金(Special Fund)とに大別できる。OCRは民間資本市場からの借り入れ、各国政府資金による払込資本、内部保留(準備金)からなっており、ADB貸付のおよそ4分の3を占める。具体的には、トリプルAの格付けを得ているADBは債券発行により、毎年約40億ドルから50億ドルの資金を調達している。またOCR貸付は、ある程度高い経済開発レベルに達した加盟国に基本的に供与され、日本とアメリカがOCRへの最大の出資者となっている。
特別基金は、主に加盟諸国による拠出金を資金源とし、低開発加盟国に譲許的条件で貸し付けられている。ADBはいくつかの特別基金を持つが、代表的なものとして、「アジア開発基金(Asian Development Fund: ADF)」が挙げられる。これは1人当たりの国民所得が低く、大きな債務返済負担を持つことが好ましくない加盟国に長期低利の貸付を行う特別基金であり、世銀グループの国際開発協会(IDA)に相当するものである。この他の特別基金としては、「技術援助特別基金(Technical Aid Special Fund: TASF)」、「日本特別基金(Japan Special Fund: JSF)」、「アジア通貨基金支援資金(Asian Currency Crisis Support Facility: ACCSF)」、「情報通信技術日本基金(Japan Fund for Information and Communication Technology: JFICT)」等が挙げられる。
4.組織構成
ADBは大きく分けて3つの組織(総務会、理事会、総裁及び副総裁)から構成されている。まず、総務会(Board of Governors)は各加盟国・地域を代表する各1名の総務(及び総務代理1名)から構成され、通常年1回開かれるADBの最高意思決定機関である。総務会はADBの全ての権限を付与されているが、協定上特定された権限を除き、その権限を理事会に委任している。
理事会(Board of Directors)は、域内国・地域から8名、域外国から4名の計12名の理事から構成され、ADBの一般的業務運営に責任を有し、貸付、保証、投資、借入、技術援助の決定等、協定により理事会に与えられた権限、並びに総務会から委任された権限を行使する。理事の任期は2年であり、銀行の主たる事務所にて通常の業務を行う。
最後に総裁(President)及び副総裁(Vice-President)であるが、総裁は総務会にて選出され、4名の副総裁は総裁の勧告に基づいて理事会によって任命される。総裁は理事会の議長となるものの、可否同数の場合の決定投票を除く他、投票権を有しない。また銀行代表者である総裁は、副総裁の補佐を得ながら、理事会の指揮下で銀行の経常的業務を行うとともに、職員の所属組織及び任免を決定する。これに対し、副総裁は総裁の不在または心身故障のときの総裁の権限及び任務を代行する。
5.最近の戦略・政策
2001年に策定された「ADB長期戦略枠組み2001−2015(Long-Term Strategic Framework of the Asian Development Bank 2001-2015: LTSF」では、1)開発におけるプライベート・セクターの役割促進、2)開発のための地域協力及び統合の支援、3)環境持続性への取り組みからなる3つの重点戦略分野を横断的テーマとし、持続可能な経済成長、包括的社会開発、政策や制度の効果向上のためのガバナンス促進などを貧困削減のための業務戦略の柱としている。また、同じく2001年に策定された「中期戦略2001-2005(Medium-Term Strategy 2001-2005)」は、被援助国を所得水準により低所得国、中低所得国、中所得国の3つに分け、特定の優先事項を決めて対象地域が最も必要とする開発に対応するとしている。以下に、ADBが特筆する6つの項目について詳述する。
(1)中心的課題としての貧困撲滅
現在の中長期戦略は、1997年に起きたアジア経済危機の影響を受け、貧困撲滅が究極的な目標とされている。1999年に発表された「アジア・太平洋地域の貧困撲滅に向けて(Fighting Poverty in Asia and Pacific)」では、上述の3分野を通じて、人間が生活する上で本質的に不可欠なものが欠如している貧困という状態の改善が謳われている。
(2)援助効果促進のための柔軟な援助戦略
LTSFでは援助効果促進を目的として、貧困アセスメントにより各国別の弱点を把握するとともに、「国別戦略(Country Strategy and Program: CSP)」策定を通じて、柔軟な個別的対策を講じるとしている。また中期戦略では「国別貧困削減戦略(National Poverty Reduction Strategy: NPRS)」に基づいて、貧困削減に強く貢献しそうなセクターに焦点を絞り、また各政策実行の準備は被援助国が行うとされている。
(3)被援助国のオーナーシップの尊重
中期政策では、上記のCSPを各国の中期政策や投資サイクルに合わせて改訂することで、各国の政策をCSPに十分反映させることが被援助国のオーナーシップを強めるとしている。
(4)他ドナーとの協調
援助の重複を避けるため、被援助国主導で作成されたNPRSを他ドナーと共有し、他ドナーの援助状況を考慮しながら、プロジェクトを勘案することが中期政策に謳われている。
(5)援助効果の確認
2005年までの援助効果測定のためのベンチマーク開発が中期戦略に示されており、また同年までに事後評価局(Operation Evaluation Department: OED)による履行中案件を対象としたリアルタイムな評価を実施するとしている。
(6)長期的なインパクトの重視
CSP策定を受け、中期政策では長期的に貧困撲滅にインパクトを与えそうな地域別プロジェクトを重点的に実施することが述べられている。その一環として、長期的なインパクトを測定するために2005年までに被援助国との協力の上で、試験的に特定の国・地域向けセクター・ワイド・アプローチ(Sector Wide Approaches: SWAPs)を実施している。
6.政策スタンス
ADBは貧困撲滅を中心的課題に据え、その達成のための政策上のスタンスとして、以下の5点が近年議論されている:1)グッド・ガバナンスの考慮、2)経済成長を通じた貧困撲滅、3)無償資金援助の導入、4)財政援助への取組み、5)他ドナーやNGOとの協調重視。
(1)グッド・ガバナンスの考慮
ADBは効率的な政策整備・体制構築に必要なガバナンスの確保をその重点分野の1つとして掲げ、被援助国政府の透明性と予見可能性の確保や開発事業への市民参加の促進等のガバナンス確保による国家の正常な開発管理促進を通じて、アジア地域の貧困撲滅を目指している。
またADBは被援助国への資金配分にもガバナンスを考慮し、ADB担当職員の判断によるガバナンスのグレードに加え、経済成長率等の開発指標と過去のプロジェクト実施状況を併せて採点し、さらにメンバー国の政治判断を加えて、国別資金配分を決定している。さらにADBは公共支出の効率化・改善等のガバナンス改善に係る案件も実施している。
(2)経済成長を通じた貧困撲滅
ADBはこれまで成長と雇用の促進を目的とする投資及び政策改革に対して融資してきたが、1990年代以降は人的資源の開発等に加え、貧困者を直接対象とするプロジェクトの支援等を主導し、「持続可能な経済成長」と「社会開発」を重要な要素として、物理的・制度的な能力開発支援と目標を絞った貧困削減対策を実施している。
しかし、ADBが貧困削減を行うにあたり、2つの問題点が指摘され、ADBは経済成長重視へ再度、転換しつつある。1つ目の問題点はアジア地域の半分以上の貧困層が住むインドに対する1986年以降のADF(3.資金の項目参照)支援である。インドに大量の資金が流れ込み、ADF資金が枯渇する恐れを理由に、パキスタンやバングラデシュ等がインド支援に反対したため、インドでの教育や保健分野のプロジェクトが十分に実施されずにいる。
2つ目の問題点としては、「貧困撲滅」のための教育や保健等のソフト分野よりも、ADBは途上国の経済成長を直接支えるインフラ等のハード分野での比較優位を強調すべきというADB職員からの指摘が挙げられる。また貧困撲滅プロジェクトの成果の見えにくさについても職員から批判が上がっており、ADBは以前よりも経済成長重視に傾きつつある。
(3)無償資金援助の導入
ADBの業務は基本的に借款と関連分野の技術協力であり、無償援助によるインフラ建設は行っていない。現時点では、世銀のような無償化の議論は上がっていないが、これまでADBは世銀の戦略に追随する傾向が強かったため、今後ADB内でも無償援助化の議論が生じる可能性もある。
(4)財政援助への取り組み
1997年のアジア経済危機の際には、ADBは世銀や日本と協調して、財政支援を実施した。通常はセクター別のプログラム・ローンやプロジェクト案件単位での融資が主体であるが、インド等でガバナンス改善を目的とした財政支援を行う動きが最近見られるようになっている。
(5)他ドナーやNGOとの協調重視
比較優位に基づいた分野での援助は効率性を高め、また問題意識も共有できることから、ADBは他ドナーとの協調を推進しており、上述のCSP(5.最近の戦略・政策の項目参照)でも、その重要性は述べられている。特にADBが中心となって進めているメコン川流域の開発では、他ドナーとの協調融資の積極的な推進が強調されている。また、NGOとの協力についても、「NGOとの協力(Cooperation between the Asian Development Bank and Nongovernmental Organizations)」に見られるように積極的に取り組んでいる。
7.日本との関係
ADBは日本が大きな影響力を行使して国際協力を行いうる国際機関となっている。こうした影響力は、ADBへの出資、人的貢献、研究業務への支援における日本のプレゼンスによって裏付けられる。
(1)日本からADBへの出資
日本はADB総資本の約15.8%を出資しており、シェアはアメリカと並び第1位となっている。また、日本はADBの各種特別基金への最大拠出国となっており、ADF(3.資金の項参照)に対しては2001年の時点で37.58%を出資している。この他、JSF、ACCSF、「日本奨学金プログラム(Japan Scholarship Programme: JSP)」等も日本が中心的な出資国となっている。
さらに、日本の官民双方による協調融資を通じた資金提供もなされており、1997-2001年の協調融資は25件、総額28億ドル(25億ドルが公的資金、3億ドルが民間資金)であり、同時期のADB実施の協調融資総額の25%に上っている。具体的な対象案件としては、国際協力銀行(JBIC)と国際協力事業団(JICA)(当時)との協調で実施されたネパールのメランムチ上水道整備事業、第一勧業銀行(当時)や東京三菱銀行、日本興業銀行(当時)等との協調で実施されたタイの輸出信用整備事業等が挙げられる。
(2)ADBへの人的貢献
ADBでは日本の財務省出身の日本人が歴代の総裁を務めている他(現在は千野忠男氏)、2002年時点でADBの専門職員713人の1割強にあたる91人が日本人職員で占められ、職員数はアメリカと並んで1位となっている。
また、ADBの最高意思決定機関である総務会(4.組織構成の項目参照)では、総務として日本の財務大臣が任命され、融資の承認等の日常業務の意思決定を行う理事(同【組織構成】の項目参照)については、日本からは単独で理事が選出され、ADBの意思決定に日本は大きな影響力を行使しうる立場にある。
(3)ADBの研究業務支援
1997年12月には日本政府の支援により、「アジア開発銀行研究所(Asian Development Bank Institute: ADBI)」が日本に設立された。ADBIでは長期的な視点から加盟国の開発のあり方を研究し、加盟国の適切な開発戦略策定を支援するとともに、開発戦略の意見交換や研修を通じて、ADBの政策・制度改革や開発管理能力の向上、グッド・ガバナンス等の分野における活動を支援している。
8.重要文献
・ ADBの戦略や政策などに関する文献
- アジア開発銀行(1999)『アジア太平洋地域の貧困と闘う:アジア開発銀行の貧困削減戦略』。
- 嘉数啓、吉田恒昭(1997)『アジア型開発の課題と展望−アジア開発銀行30年の経験と教訓』名古屋大学出版会。
- 藤岡眞佐夫(1990)『アジア太平洋時代の金融と経済−アジア開発銀行総裁の視点』東洋経済新報社。
- ADB (1987) A Bank for Half the World: The Story of the Asian Development Bank 1966-1986, Manila: ADB.
- ADB (1999) Fighting Poverty in Asia and Pacific: The Poverty Reduction Strategy, Manila: ADB.
- ADB (2001) Medium-Term Strategy (2001-2005), Manila: ADB.
- ADB (2001) Moving the Poverty Reduction Agenda Forward in Asia and the Pacific: the Long-Term Strategic Framework of the Asian Development Bank (2001-2015), Manila: ADB.
・ ADB発行の定期刊行物
- Annual Report. Manila: ADB
- Asian Development Outlook. Manila: ADB
- ADB Review. Manila: ADB
- Asian Development Review. Manila: ADB
・ ADBが事業展開する諸分野の統計資料
統計・データに関するADBのホームページ(www.adb.org/Statistics/default.asp)にて、以下の資料所蔵のデータをはじめ入手可能。
Key Indicators. Manila: ADB
9.関連リンク
- アジア開発銀行(ADB)
ADBが取り上げているイシューやメンバー国での活動、ADB主催のイベント紹介の他、加盟国に関する統計資料やADB作成のレポート等の検索ができる。
http://www.adb.org/
- ADB駐日代表事務所(ADB−Japan Representative Office)
ADB駐日事務所の業務内容、ADBと日本の関係、ADB並びにADB駐日代表事務所発行のニュース・レターの紹介、駐日代表事務所主催のイベント案内が掲載されている。
http://www.adb.org/JRO/
- アジア開発銀行研究所(ADBI)
アジアにおける最適な開発戦略の策定と加盟国政府による開発プロジェクトの運営管理能力向上を目的として、1997年にADBと日本政府との合同で設立された研究機関。貧困、ガバナンス等のADBIが取り組むイシュー紹介の他、ADBI発行の報告書等の検索ができる。
http://www.adbi.org/
- 日本特別基金(JSF)
加盟国の経済再構築支援、新規投資の範囲拡大等を目的として、1988年に日本政府とADBとの協定によって設立された、技術協力に係る無償資金援助ファシリティ。サイトではJSFによって実施されたプロジェクトに関する情報が検索できる。
http://www.adb.org/JSF/default.asp
- ABD貧困削減日本基金(JFPR)
貧困削減を目的として、2000年にADBと日本政府によって設立された無償資金援助ファシリティ。JFPRによって実施されたプロジェクトに関する情報も検索できる。
http://www.adb.org/JFPR/default.asp
- 財務省国際局
ADBをはじめとした国際開発金融機関や国際通貨基金(IMF)の業務内容や日本政府による各機関への支援内容、活動内容を紹介している。
http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/frame.html
- 国際協力銀行(JBIC)
JBICの国際金融業務、経済協力業務の他、ベトナムにおけるADBや世銀との間の援助手続きの調和化に対する取り組み等について紹介している。
http://www.jbic.go.jp/japanese/index.php
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