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アフリカ
アジア経済研究所 平野克己

(1)概要

サブサハラ・アフリカ(以下では単にアフリカと略称)地域は現下世界最大の開発問題を抱えているといってよく、開発経済学においてもいまや最重要な研究対象になっている。

近年の援助スキームは主にアフリカを想定して策定されてきた。かつて世界的レベルでの開発問題を「南北問題」と称したが、とくにアジア地域の高成長によって開発途上国間の格差が拡大した結果、最も深刻な開発課題は「アフリカ問題」として猖獗しつつある。

(2)歴史的背景

アフリカ地域では植民地解放闘争が永く続き、大陸全土の民族解放は1994年の南アフリカ民主化まで待たねばならなかった。
現在のアフリカ世界の原型は60年代に形成されたが、一次産品輸出所得に依存した開発路線は、70年代には総じて行き詰まることになる。

主には石油危機によってアフリカ諸国のマクロ経済バランスは崩壊するのだが、これに対処するため1980年代に入ると構造調整計画(Structural Adjustment Program: SAP)がほとんどの国に導入された。SAP導入以後アフ ODA世界総額の地域配分 リカはアジアを抜いて世界最大のODA享受地域となり、一時期はアフリカ総生産の10%にも相当するODAが流入して、未曾有の援助依存が現出することになった。

にもかかわらず、1980年代以降アフリカ経済の低迷は決定的となり、1人当 1人当たりGNPの推移 たり所得が低下傾向を示すようになって、「アフリカには経済成長を期待できないのではないか」というアフロペシミズムや、「ODAによっては開発途上国の経済成長を促進できないのでないか」という援助ペシミズムを醸成する結果となった。加えてHIV/AIDSがアフリカ全土に急速に蔓延して成人感染率は8%に達し、ボツワナに至っては35%を超えた。AIDSによる死者は年間200万人を上回る。90年代以降は各地で紛争が頻発しており、94年に勃発したルワンダ大虐殺は記憶に新しい。アフリカ社会はまさに危機的状況を呈している。

(3)アフリカに関する開発思想の変遷と、近年の議論

独立当初のアフリカにおける開発思想は、民族解放理念であったパンアフリカニズムの一環として展開された。すなわち、植民地分割を廃しアフリカ統合を進めるなかで、外部に依存しない自立的なアフリカ経済を構築しつつ経済発展を図るというものである。

しかしこの路線は間もなく廃棄され、ヤウンデ協定(1963-1975年)やロメ協定(1975-2000年)に象徴されるような、西欧と協調して援助資金と一次産品輸出所得の確保を図ろうとする“穏健派”が、大陸政治の主導権を握ることになった。パンアフリカニズムは地域協力機関の新設と地域経済統合の推進という形でのみ生き残ったが、それも、思うような成果を生み出せずにいる。

1970年代の経済危機でアフリカ統一機構(Organization of African Unity:OAU.現アフリカ連合)は初の経済サミットを開催するが、そこで採択されたのが『ラゴス行動計画』(Lagos plan of action for the economic development of Africa 1980-2000)である。同文書はアフリカ諸国が総意として発出した初の、包括的経済文書である。その思想は70年代を席巻した経済ナショナリズムにあり、アフリカ低開発の根本原因を新植民地主義的支配に求めていた。

しかし、その後に続く時代を支配したのはラゴス行動計画ではなく、1981年に世界銀行が発刊した『サブサハラ・アフリカの開発促進』(Accelerated Development in Sub-Saharan Africa: An Agenda for Action)である。同文書はアフリカ低開発の原因を独立後政府の政策の失敗に帰し、新自由主義を吸収した経済学によってSAPの正当性を論じたものであった。以後の開発論議はSAPを巡って進められることになる。

1990年代に入ると、冷戦の終結を受けて開発論議は政治体制にまで及び、ガバナンス論や新市民社会論が登場する。一方では世界経済のグローバル化が進行し、開発の原動力として、貿易・投資を中心とした民間部門の重要性がますます強調されるようになった。

SAPによる市場主義政策が効果を発揮できず、それどころか開発が後退して貧困問題が深刻化していくアフリカの現状を前にして、開発経済学は様相を一変させていった。近年の議論は、「アフリカではなぜ経済成長が起こらないのか」を、情報の不完全性や高いリスクを考慮に入れて考察するミクロ経済学的手法や、アフリカ特有の成長阻害要因を明らかにしようとする成長回帰分析が主体になっている。アフリカ事例研究を主軸におくことで開発経済学は、いわば低開発分析としての様相を強めている。

(4)援助の動向

ヨーロッパ諸国、とくに旧宗主国であるフランス、イギリス、ポルトガルといった国々は、ODAの過半をアフリカに投入し続けてきた。現在、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)達成を援助目的の焦点においている世銀、UNDP、北欧諸国、イギリスなどは、アフリカの社会関連インフラへの支援に非常に熱心である。

アフリカが最大の援助供与地域になってから暫くODA世界総額はさらなる拡大をみせたが、アフリカの経済パフォーマンスは、改善するどころかいっそう悪化していった。その結果公的借り入れ資金の累積債務問題が深刻化し、20世紀末になると重債務貧困国(Heavily In-debted Poor Countries: HIPC)スキームや、同スキームを契機とする貧困削減戦略ペーパー(Poverty Reduction Strategy Paper: PRSP)方式が登場して、貧困対策を軸に据えたいわばODAの“社会政策化”が進行した。

「開発は民間に、ODAは貧困削減に」という流れが定着するにつれ、ODA世界総額も1990年代に入ってからは減少し始めた。欧米諸国ODAの大宗は無償援助となり、開発金融機能は民間部門に任せるという体制ができあがって、二国間有償援助を提供しているのはほぼ日本のみという状況になった。

開発途上国に対する資金流入 その日本は、世界銀行からの借り入れを完済した翌年にあたる1992年から世界最大の援助国となり(2001年からは再びアメリカ)、93年には第1回アフリカ開発会議(Tokyo International Conference on African Development: TICAD)を開催、98年にTICAD II、2003年にはTICAD IIIを開催して、アフリカ開発支援に対するコミットメントを表明してきた。2000年の沖縄サミットでは南アフリカ、ナイジェリア、アルジェリアの大統領を招いてアフリカ開発に関する協議を行ったが、この慣行は以後のG8サミットに継承されている。

1997年アジア通貨危機対策として日本がODAを増額したことから、ODA世界総額の減少傾向には歯止めがかかったが、9/11国際テロ(2000年)を契機としてアメリカがODA予算を急増させ、2002年の開発資金国際会議では再びODAを増やそうという合意がえられた(モンテレーコンセンサス)。また、2001年にアフリカ連合(African Union:AU)が作成した「アフリカ開発のための新しいパートナーシップ」(New Partnership for African Development:NEPAD)に対して、カナナスキス・サミット(2002年)ではG8アフリカ行動計画が策定されている。

NEPADはアフリカが総意として発信した久しぶりの開発指針文書であり、ドナー側もこれを極力尊重していく方針を明言している。ただし、アフリカの著しい低開発を分析する視点が希薄であるため、必ずしも明確な開発戦略がNEPADによって示されているわけではない。

(5)食糧生産農業の重要性
農民1人当たりの穀物収量

アフリカでは総労働力の60%以上が農業従事者で、また、貧困層の80%が農村在住者であるといわれている。アフリカ人の所得と生活を支えるうえで最も重要な農業部門は全般的に停滞しており、なかでも食糧穀物の生産性が世界平均、開発途上国平均から大きく引き離されている。その結果、アフリカ農民1人当たりの生産と所得は1980年代以降低下傾向にあり、その姿は1人当たりGNPの動向と軌を一にしている。アフリカの穀物輸入は増加の一途を辿っていて、その総量は世界最大の穀物輸入国である日本には及ばないものの、いまや中国や韓国を凌いでいる。

構造調整計画の導入以後減少を続けていた農業援助であるが、アフリカ農業のこのような現状を前にして、援助国の間で農業重視の姿勢が定着しつつあるように思われる。日本は農業開発支援において突出したドナーであるが、アフリカの食糧生産農業に対しても、各機関において関心が高まっている。日本政府は1997年からNERICA(New Rice for Africa. アジア米とアフリカ原産米の交雑種)開発プロジェクトに資金を提供し、これには日本から東京大学と国際農林水産業研究センター(JIRCAS)が参画している。また、国際開発高等教育機構(FASID)は2002年から、アフリカの食糧増産を目的に据えた大規模な調査研究プロジェクトに着手している。

(6)アフリカに関する邦文献

アフリカ経済について解説した日本語の文献を紹介する。英語の文献に関しては、特に5.『アフリカ経済学宣言』の参考文献が便利であろう。我が国においてもこれまで、数は多くないもののアフリカ経済に関する書物が編まれてきた。しかしそのほとんどは絶版となっており、学術系の図書館でなければ目にすることができない。したがってここでは、比較的近年に市中出版されたもののみを挙げておく。

  1. 宮本正興・松田素二編『新書アフリカ史』(講談社現代新書、1997年)
    アフリカ史についてのかなり詳細な概説書。


  2. 服部正也著『援助する国、される国−アフリカが成長するために』(中央公論新社、2001年)
    ルワンダ中央銀行の総裁、世界銀行副総裁を務めた服部氏の遺稿。


  3. 峯陽一著『現代アフリカと開発経済学−市場経済の荒波のなかで』(日本評論社、1999年)
    開発経済学史のなかでアフリカがどのように理解されてきたかという観点から編まれた学説史。平成12年度の国際開発研究大来賞を受賞している。


  4. 平野克己著『図説アフリカ経済』(日本評論社、2002年)
    アフリカ経済の歴史と現状、開発政策思想を纏めたもの。平成15年度の国際開発大来賞を受賞している。


  5. 平野克己編『アフリカ経済学宣言』(アジア経済研究所、2003年)
    開発経済学の最前線におけるアフリカ研究の進展を論じたもの。


  6. 『月刊アフリカ』(アフリカ協会)、『アフリカレポート』(アジア経済研究所)
    経済や開発問題だけを扱っているわけではないが、アフリカ専門の邦文雑誌としてはこの2冊がある。『アフリカレポート』は年2回(3月、9月)発行。『月刊アフリカ』にはアフリカ英文献の紹介欄が、『アフリカレポート』には邦文献の紹介欄があるので、参考にされたい。

(7)関連サイト

  1. アジア経済研究所特選サイト集「アフリカ」

    http://www.ide.go.jp/Japanese/Library/Link/Tokusen/africa.html

    報道機関、研究機関、国際機関、政府機関、検索エンジン等、アフリカ全体と各国別に分けて137サイトを紹介している。


  2. 世界銀行Sub-Saharan Africa

    http://www.worldbank.org/afr/

    アフリカにおける世界銀行の活動ぶりが紹介されている。


  3. 国連Africa Recovery

    http://www.un.org/ecosocdev/geninfo/afrec/

    国連が発行している雑誌African Recoveryの内容が掲載されているほか、アフリカにおける国連の活動ぶりが紹介されている。


  4. Asia Africa Investment & Technology Promotion Centre

    http://www.unido-aaitpc.com/

    日本政府がTICADイニシアティブの一環としてマレーシアに設立した機関のサイト。


  5. All Africa Global Media

    http://allafrica.com/

    モーリシャスに本拠を置くアフリカ関連ニュースの代表的なサイト。英語と仏語で読むことができる。


  6. Africa Confidential

    http://www.africa-confidential.com/

    アフリカに関する代表的なニュースレターのサイト。


  7. 数字で見る日本の対アフリカ協力

    http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/africa/africa_pamph/index.html

    外務省による日本のアフリカ協力の資料。

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