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課題別基礎情報
セクター

エイズ問題と開発
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻社会疫学分野 教授
木原正博
国立社会保障・人口問題研究所主任研究官
小松隆一
慶応義塾大学文学部教授
樽井正義
アフリカ日本協議会幹事
稲場雅紀

1.課題の定義

 AIDS(Acquired Immune Deficiency Syndromes)とは、ヒト免疫不全ウイルスHuman Immunodeficiency Virus(HIV)によって引き起こされる免疫不全病態を指す医学用語であるが、「AIDS問題」というときは、関連する医学・社会的ケア問題一切を含めた意味で用いられる。現在HIV/AIDSと共に生きる人々(People living with HIV/AIDS: PLWHA)は、2003年末時点で世界で約4000万人、2003年1年間の死亡者数は290万と推定されており、優先順位の極めて高い地球規模の問題である。現在、PLWHAの95%以上が途上国、とりわけサハラ以南のアフリカに集中し、開発上の重大な課題となっている。新規感染の半数を15歳から24歳の若者が占め、乳幼児の感染も増加しつつあり、AIDSにより両親もしくは片親を失ったAIDS遺児もアフリカだけで1200万人に上ると推定されている。カリブ海・ラテンアメリカ地域でも問題は深刻であり、アジアや東欧・旧ソ連圏諸国においても近年感染者が激増しつつある。国連合同エイズ計画(UNAIDS)は、このままでは2010年までに世界でさらに4,500万人が感染すると推計しているが、他組織からそれを大きく上回る推計結果も出されている。
 AIDSの影響は極めて大きい。罹病・死亡というPLWHA個々人に与える影響、家計への負担や飢えなどの家族や遺児への負の影響にとどまらず、早死の増加による平均寿命の低下、保健医療資源への過大な負荷、熟練・非熟練労働人口の減少などを招き、マクロ経済への悪影響ひいてはその破綻を引き起こす。そして、こうして生じる貧困の悪化が、HIV流行の更なる拡大を促進するという悪循環を生み、そのために、コミュニティや国家に対して甚大な損害を及ぼし、国家安全保障への影響すら懸念される状況にある。こうした状況に鑑み、国連ミレニアム開発目標(MDGs)でも、AIDS問題への対応は、21世紀の開発の主要課題として位置づけられた。

2.歴史的背景:国際社会の対応を中心に

UNAIDS以前(〜1996年)
 HIVの感染拡大は先進国で最初に発覚した。1981年に最初のAIDS症例が米国で発見され、その後、HIVは男性同性愛者、注射薬物使用者などを中心に拡大したが、当初、多くの先進国はこれらのコミュニティにおける健康被害を重要視せず、研究や対策への十分な資源投入を怠った。こうした中、偏見・差別の的となった感染者やこれらのコミュニティは自ら立ち上がり、政府にAIDS対策の重点化を求めるアドボカシー(政策提言)を展開していった。そして、政府のイニシアティブもあって対策をいち早く重点化したオーストラリアでは、早い段階でHIV拡大の抑制に成功し、米国でもHIV感染の発生は大きく減少した。一方、途上国では、80年代末から対策を開始して感染拡大を防いだタイ、ウガンダ、セネガルなどを除き、ほとんどの国々で対策が遅れ、HIV感染の大規模な拡大につながった。医学的には、83〜84年にHIVがAIDSの原因として特定され、検査手法も確立し、抗ウイルス薬も87年以降徐々に開発が進んでいった。
 この間、国際的対策は、世界保健機関(WHO)をはじめとする国連機関によって展開されたが、国連機関の協調などの必要性が認識されるに至り、国連合同エイズ計画(UNAIDS)が設立されることとなった。

国連合同エイズ計画(UNAIDS)の設立
 1996年に、6つの国際機関(国連児童基金、国連開発計画、国連人口基金、国連教育科学文化機関、WHO、世界銀行)が共同スポンサーとなり、国際機関の協調とアドボカシー、技術支援などのために、UNAIDSが設立された。その後、1999年に国連薬物統制計画(UNDCP、現在は国連薬物犯罪事務所UNODC)、2001年に国際労働機関(ILO)、2003年に世界食料計画(WFP)が共同スポンサーに加わった。その後も、HIV流行は途上国を中心に一段と激しさを増していったが、1996年には、多剤併用療法が開発され、医学的には、HIV/AIDSは長期間にわたって管理可能な疾病へと変わるという大きな進歩がもたらされた。しかし、抗ウイルス薬は途上国の人々には購入不能な価格であったため、国家の存亡を脅かすほどの悲観的な流行の展望と相俟って、治療への公正なアクセスを求める国際世論が急速に高まった。

国連エイズ特別総会前後
 2000年の国連ミレニアムサミットのミレニアム開発目標(MDGs)で、AIDS問題は21世紀の開発の主要課題として確認され、2001年には保健関連問題としては初めて国連安全保障理事会で取り上げられ、同年6月には国連エイズ特別総会が開催され、AIDS問題に対処する世界的アジェンダを定めたコミットメント宣言が採択された。早期から強力かつ現実的な予防対策を実施したタイやウガンダ、治療薬の無料提供を実現したブラジルなどの先駆的な政策を取った国以外の、それまでHIV流行を重視しなかった多くの政府でも、これを契機に、包括的対策の推進に本格的に取り組むようになった。

世界AIDS・結核・マラリア対策基金以降(2002年〜)
 2000年の九州・沖縄サミットで日本政府がHIV/AIDSを含む感染症対策の重点化を提唱したことをきっかけに、HIV/AIDS・マラリア・結核の三大感染症対策への大規模な資金供給を目的とする基金の必要性に対する国際的なコンセンサスが生まれた。こうして2002年1月に発足した世界AIDS・結核・マラリア対策基金(Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria: GFATM)は、途上国のAIDS対策の貴重な資金源となり、途上国でも、予防・検査中心から、治療やケア・サポートを含めた、より包括的な対策が具体化されるようになった。GFATMはNGOやPLWHAの参画拡大を重視しており、途上国でも、AIDS対策に関する市民社会のプレゼンスは増大した。しかし、同基金への拠出金額は依然目標額を大きく下回っており、また国によっては、基金への申請プロセスに市民社会の十分な参加が保障されていないなどの問題も生じている。また、途上国の対策能力を超えた資金が、十分な準備なしに供給されたために現場が混乱するといった事例も生じている。一方、WHOは、2003年に、2005年までに途上国で300万人に治療を供給するという「3 by 5戦略」を打ち出し、同時に、資源の限られた状況でのAIDS治療についてガイドライン作りを進めている。こうした動きに対応するように、PLWHAの間では「治療リテラシー」(後述)の向上に向けた取り組みが進められるなど、ここ数年の間に治療がAIDS対策の重要な焦点となってきた。治療については、インド製のジェネリック薬の導入等により、一部の治療薬の価格が低下したが、新しい治療薬の多くは依然高価格で、安価な薬剤の供給と知的財産権保護の葛藤は続いている。また、根治薬はなく、副作用や耐性ウイルス出現の問題があることから、予防と治療のバランスに配慮した対策の推進が求められている。

3.理論面からの考察

 血液製剤や輸血、母子感染による感染を除けば、HIV感染は、直接的には、安全でない性行為と注射器具の共有によって発生する。しかし、現実には、貧困による売買春、教育機会の欠如、ジェンダー差別、移民労働・難民状態、偏見差別の存在によって、適切な情報や予防手段へのアクセスが阻害されることが、流行の真の要因となっている。こうした社会的要因のために、HIV感染への曝露や被害を受けやすくなっている状態を「社会的脆弱性(social vulnerability)」と呼ぶ。社会的脆弱性の特に高い人々には、女性(特に途上国)、男性同性愛者・男性と性行為をする男性(men who have sex with men: MSM)、セックスワーカー、注射薬物使用者(injecting drug users: IDU)、長距離運送業者、単身の出稼ぎ・移民労働者、難民などが含まれる。HIV流行は、まずこうした人々に発生し、その後一般人口へと拡大していく。従って、早い段階で、これらの人々を対象とした重点的な対策を行うことは、これらの人々の健康を守る上でも、また、流行拡大を防ぐためにも重要である。
 直接的なAIDS対策には、サーベイランス、予防、自発的カウンセリング検査、治療・ケア・サポート、差別偏見の撤廃などが含まれる。サーベイランス(定点観察)では、HIV/AIDSの流行状況のみならず、近年ではリスク行動や性感染症など関連情報のモニタリングも重視している。これらにより、流行の発生を発見、予測し、予防対策やケア、治療活動の重点的強化へとつなげていく。
 予防対策としては、安全な行動の促進や性感染症(STD)治療が中心である。予防には、情報提供だけでなく、行動変容を可能とする社会環境の整備が不可欠である。そのためには、長期的には制度や人権問題を含めた政治、経済、社会、文化を含む開発要因の改善が必要だが、プログラムレベルでは、啓発普及、スキル教育、社会規範の改善、コンドーム・注射器(針)等の物品の供給、STD検査・治療の提供が必要である。対策が有効でかつ効率的であるためには、調査・計画・実施・評価を伴った系統性を備える必要があるが、コンドーム供給に続いて、行動変容にもソーシャルマーケティングプログラムが導入されるようになり、効果を上げている。
 HIVは、感染後数年から10年程度ほとんど無症状であるため、感染の早期発見のための自発的カウンセリング検査(Voluntary Counseling and Testing: VCT)の整備が必要である。これは、HIV抗体検査と事前・事後の情報提供・カウンセリングをセットで行う手法で、受検促進のための広報も含み、HIV検査の標準的な方法として確立されている。VCTは、早期の治療・ケア・サポートへ橋渡しする一方で、予防の好機でもあるため、包括的なHIV対策の「入口」として重要である。ただし、適切な治療・ケア・サポートという希望がなければ、率先して受検する人は増加しないため、VCTと治療・ケア・サポートは不可分の関係にある。
 ケアとサポートはPLWHAとその家族の生活の質を維持するのに必要である。結核をはじめとする日和見感染症の予防と治療、栄養状態の改善、雇用や収入などの保証、AIDS遺児の社会的・経済的サポートなどの課題が含まれる。もちろん、抗ウイルス薬によりAIDS発症を防ぐことがもっとも効果的な手段であるが、治療薬の価格や援助資金面で重要な前進が得られつつあるにもかかわらず、適切な投薬をするための保健医療インフラの整備など、残されている課題は依然大きい。
 AIDS対策とは、以上のような多様な対策から成り立つものであり、対策が相互に関連することから、これらを総合的に実施する必要がある。社会の差別偏見はこれら全ての対策にネガティブに作用するため、PLWHAや社会的に脆弱な立場にある人々に対する社会的差別偏見の撤廃は、極めて重要な課題であり、また、AIDS対策に対する政治的な支援を得るためには、メディアの協力も得た広汎な啓発活動を欠かすことはできない。
 AIDS対策は、単に外部からの介入として行うのではなく、コミュニティ・ビルディングや人権保障のプロセスとして実施されなければ、対策へのオーナーシップは生まれず、効果も効率も持続性も悪いものとなってしまう。従って、対策立案の初期段階からコミュニティの主体的な参画を保障し、内発的な形で対策を実現させることが必要であり、社会的脆弱性の高い人々やPLWHAが本来享受するべき、予防や治療・ケア・サポートへのアクセスといった権利を当事者の参加のもとで回復することが肝要である。PLWHAの参加の保障については、Greater Involvement of People with HIV/AIDSの原則(GIPA:患者・感染者の参画拡大)が93年のパリ・エイズサミットで採択されている。

4. 最近の議論・論点

・包括的なHIV/AIDS対策
 途上国では、保健・医療インフラが十分でないこと、治療薬が高価格であることなどから、HIV/AIDS対策は予防啓発やVCTを中心に進められてきた。しかし、南部アフリカで国民の平均寿命が15〜20歳前後も低下するなど、HIVの社会的影響が著しく増大するに及んで、途上国でもPLWHAの治療が社会・経済の維持にとって急務となった。また、ケア・サポートや治療の提供、PLWHAの人権保障がなければ、人々が検査を受けるインセンティブも低下する。こうした理由により、ここ数年、途上国でも、治療やケア・サポートも含めた包括的なAIDS対策が追求される傾向が出てきた。この政策変化には、PLWHAの活動支援やケア・サポート、治療を重視する政策をとったブラジル・タイが途上国の中でAIDS対策を成功させていることも影響している。

・薬剤耐性と治療リテラシー
 HIV/AIDSに関する治療には、免疫力の低下に伴う日和見感染への治療と、HIVに直接作用し、増殖を押さえ込む抗レトロウイルス薬(ARV: anti-retroviral medicine)を服用する抗レトロウイルス治療(ART: anti-retroviral therapy)がある。しかし、ARTでもHIVを根治することはできない。また。同じ種類のARVの組み合わせを長期に渡って服用し続けると、必然的に、突然変異によって薬剤耐性を持つHIVが出現・増殖する。そのため、長期に渡ってARTに効果を持たせるためには、治療の効果をはかるモニタリングを定期的に行い、薬の組み合わせを変えていく必要がある。不適切な服薬は薬剤耐性ウイルスの出現を容易にするため、避けねばならない。 適切な治療を実現するには、PLWHA自身がARVや日和見感染症治療について十分な認識を持ち、服薬などの行動に反映させていく必要がある。従来から、先進国ではPLWHAがグループを作って治療について学び、服薬に関するインセンティブを高める試みが「治療リテラシーの向上」として行われていたが、途上国でも同様のプログラムが導入されつつあり、効果を上げている実践例も存在する。

・予防啓発のモデル
 予防啓発は、知識を伝えるだけでは成功せず、性行為や薬物使用などに関わる人々の行動様式を変えることが不可欠である。このため、旧来の予防啓発のモデルであるIEC(情報・教育・コミュニケーション information, education and communication)を発展させて、コミュニケーションによる行動変容の促進を強調したBCCモデル(BCC: behavioral change communication)が提唱されている。一方、ウガンダなどで予防啓発に効果を上げて注目された性行動に関する予防啓発モデルとして、ABCモデル(abstinence, be-faithful, use a condom=禁欲・誠実・コンドーム)がある。これはコンドーム使用促進とともに性行動自体の抑制を戦略的に位置付けており、性をタブー視しがちな途上国の社会で導入しやすいモデルとして評価する意見もある。

・ハームリダクション
 「健康被害(harm)の軽減(reduction)」の意味で、とくに注射薬物使用者(IDU)の対策に関して用いられる概念である。旧来、IDUに対しては法執行・処罰という対応がとられることが多かったが、本来、薬物依存は治療の必要な疾患であり、法執行・処罰は直接的な解決策とはならない。また、本人の意思に反して治療プログラムを適用しても、治療が効果を上げない場合が多い。一方で、HIVはIDUの間で極めて速いスピードで感染拡大することが知られている。実際、東南・南アジア、東欧の一部諸国や、中東・北アフリカでのHIV感染の多くはIDUの間で生じており、法執行・処罰や薬物依存の治療よりもハームリダクションを優先しなければならない現実的なニーズが存在する。ハームリダクションの手法としては、清潔な注射器の供給により回し打ちを防ぐ注射用具交換プログラム、より健康被害の少ない薬物の使用を勧める薬物代替プログラム、より安全な薬物静脈注射の方法の教育プログラムなどがある。これらの手法は、薬物使用者のHIV感染の可能性を軽減する現実的アプローチとして、先進国や一部途上国などでも実施されている。

・エイズ・ワクチンの開発
 HIVの根治療法がなく、予防対策等も十分に成果を上げるのが難しい現状で、エイズ・ワクチンの開発は、AIDS対策を大きく進展させる要素として期待されている。しかし、ワクチンは公共の公衆衛生対策として安価で大規模に活用されることを前提としており、治療薬等に比べて利潤の確保が見込めないことなどから、ワクチン開発のための研究費の投資は不十分で、研究の進展が遅いのが現状である。また、たとえワクチンが開発されても、HIVには複数のサブタイプがあるうえ、変異性が高いので、つねに有効とは限らず、行動変容による予防対策の必要性は当面なくならないだろう。研究者・民間セクター・市民社会・政府・国際機関の連携を促進してワクチンの研究開発を促進するための組織として、「国際エイズ・ワクチン推進構想」(IAVI: International AIDS Vaccine Initiative)が1996年に設立されている。

・国内エイズ対策と国際協力
 日本では、90年代以降、若者を中心とする性行動の活発化と性感染症の流行にともなって、HIV感染の増加傾向が現在でも続いている。こうした状況に歯止めをかけるためにも、先進国・途上国を問わず優れた対策に協力し、その経験から国内でも役立つノウハウを学びとり、応用していく必要がある。また、この過程で、国内での対策にも国際協力にも対応できる人材を育成していく長期戦略が求められている。これまでの日本では、国内での対策を実施する人材・組織と国際協力・援助に携わる人材・組織の交流は充分ではなかったが、アメリカやフランスなどでは両者の垣根は低く、それが国内対策・国際協力の充実につながっている。日本でも国内対策・国際協力の連携・交流を促進することが重要であり、その大きな契機として2005年に予定されているアジア・太平洋地域エイズ国際会議がある。

5. 主要援助機関・ドナーの政策スタンス

・国連合同エイズ計画(UNAIDS)と共同スポンサー
 UNAIDSは、指導力発揮と政策提言、戦略的な情報の収集・分析・発信、流行状況や対策のモニタリングと評価、市民社会の参画、資源の動員を通して、効果的な地球規模の対策を実現するための支援をしている。
 国連児童基金(UNICEF)は、子供と若者こそAIDS禍の中心にいるが同時に希望でもあるとして、知識とライフスキルの提供、若者が利用しやすいサービス、家族・社会・法的な環境整備をとおして予防に尽力する一方、母子感染予防(PMTCT)、AIDS遺児や脆弱な子供のケア、保護、支援といった対策を推進している。
 世界食料計画(WFP)は、感染者のケアの一環としての栄養改善、学童への無料給食や配給食糧の提供、食料分配時の予防教育を実践している。
 国連開発計画(UNDP)の組織戦略として、効果的なマルチセクトラル対策を可能にする、政治・法・資源環境を創ることを目指して、アドボカシー、キャパシティー・ビルディング、人権・ジェンダー、人間開発への影響の緩和、マルチメディアによる情報提供を行っている。また、AIDS問題の主流化を促進し、貧困削減戦略にAIDS問題を統合することも示している。
 1994年の国際人口開発会議(ICPD)以降リプロダクティブ・ヘルスを推進している国連人口基金(UNFPA)は、リプロダクティブ・ヘルス事業のなかにHIV予防対策を統合して、若者の安全な性行動を促進し、コンドームを行き渡らせて正しく使えるようにし、女性のエンパワーメントを強調している。
 国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime: UNODC)は、薬物乱用(需要)と薬物供給の減少を目指す一方で、メサドン(methadone)などによる代替物維持療法をあへん系麻薬依存の治療として含む、包括的予防・ケア対策を薦めている。
 国際労働機関(ILO)は、労働者の権利や差別の撤廃という観点、また、予防教育の場としてなど、AIDS問題を職場の課題として取り上げている(Code of Practice on HIV/AIDS and the World of Work)。
 国連教育科学文化機関(UNESCO)は、予防教育に特に焦点を当て、開発政策に統合し、様々なニーズや文脈に合わせ、責任ある行動を促し、脆弱性を低減することを目指してきた。2004年には「An Aids-free Generation in less than a Generation」イニシアティブのもと、予防教育のいっそうの拡大に努めることを表明している。
 世界保健機関は、2003年に『Treating 3 million by 2005』(3 by 5戦略)を発表し、2005年末までに途上国の300万人に治療を行き渡らせることを目標として、その担い手となる10万人の保健従事者の訓練や保健システムの改善に取り組み始めた。
 世界銀行は、1993年の『世界開発報告』で保健への投資の重要性を訴え、『経済開発とエイズ』(1997、日本語版1999)を出版し、AIDS問題は経済的にも優先課題であることを主張した。最近5年間では、US15億ドルを拠出し、とくにMulti-Country HIV/AIDS Program (MAP) for Africaとして、US10億ドルをアフリカに向けている。

・世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)
 GFATMは感染症対策への迅速な資金投入を目的として設立された機関で(設立の経過は「2」歴史的背景)を参照)、各国がGFATMの資金を得るために設立する「国家調整メカニズム」(CCM: Country Coordination Mechanism)が資金提供の申請のために提出するプロポーザルを、GFATM内に設置された技術審査パネルが審査して案件を決め、先進国を中心とするドナー国(途上国も一部出資している)や民間セクター等が拠出・寄付した資金を移転して対策に活用するというシステムをとっている。理事会には拠出国だけでなく民間セクターやNGOの代表が理事として参加し、また、CCMについても、それぞれの国のPLWHAやNGOの代表が参加するなど、機関の意思決定に当事者や市民社会の参画を広く保障する形態をとっている。また、二国間援助などでは実現が難しいHIV/AIDS治療の国家計画などに関する財源の貴重な供給源となっている。

・民間財団のコミットメント
 HIV/AIDS対策への資金拠出はドナー国の政府等だけでなく、多くの民間の財団が特色ある資金拠出を行っている。米国のビル&メリンダ・ゲイツ財団は、1億ドルをGFATMに拠出する一方で、エイズ・ワクチンや感染予防のためのマイクロビサイド(殺ウイルス剤)などの新規技術の公共財としての開発に巨額の資金を提供している。クリントン財団は、特定の途上国における国家エイズ計画の整備や保健医療インフラの整備のための技術協力、安価にアクセス可能なエイズ治療の普及などを展開している。また、リプロダクティブ・ヘルスと関連したHIV/AIDSへの取り組みに関して、フォード財団やロックフェラー財団などが、とくにNGOを対象とした資金拠出を行っている。上述のGFATMを含め、国際社会は、民間セクターのHIV/AIDS他の感染症対策に関する積極的な資金拠出や協力を求めている。

6. 日本の諸機関の動向

 日本政府の援助としては「人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブGlobal Issues Initiative on Population and AIDS: GII(94年から2000年)」と「沖縄感染症対策イニシアティブ(Okinawa Infectious Diseases Initiative: IDI)」の2つを中心に展開されてきた。GIIでは当初目標30億ドルを大幅に上回る5,431億円(約50億ドル)の実績があったが、82%が人口間接分野、16%が人口直接分野であり、AIDS分野は2%に過ぎなかった。人口間接分野はHIV/AIDSに関する脆弱性の改善には必要であるが、AIDS対策に関わる日本の貢献を世界に印象づけるには十分ではなかった。沖縄での先進国首脳会議で発表されたIDIは、その後の世界基金発足への政治的な潮流を生み出したという大きな意義があった。ただし、IDIでも、AIDS対策費は増加しつつあるが、間接的対策の占める割合が大きく、なおかつ、これら間接的対策がHIV/AIDS・感染症にどう結びついているかが見えにくい場合も多いため、依然として、拠出額全体の大きさの割にAIDS対策分野としてのプレゼンスが見えにくい。社会的脆弱性の改善に役立つ間接的対策は重要としても、AIDSやその他の感染症対策をより強化するとともに、間接的対策でも感染症対策の一環という位置づけを現場レベルに至るまでより明確にし、またそれを積極的に広報する必要がある。日本が得意としてこなかった分野での協力を強化するために、途上国での経験から学びつつ共通課題に対処するという国際協力のスタンスのもと、高度で、かつ裾野の広い人材の育成と、省庁・NGOなどのセクターの壁を乗り越えて、オールジャパンで対応する体制の構築が課題となっている。
 国際協力機構(JICA)では、直接的なAIDS対策として、おもに人材育成と検査設備・技術の供与を中心にAIDS対策の拠点作りを実施する一方で、タイ、タンザニアなどではケアと予防の包括的対策での協力も実施している。最近では青年海外協力隊にエイズ隊員を設け、また、アフリカ、東南アジアにAIDS問題専門の広域企画調整員を置き、医療・検査技術面のみならず、社会的な側面や行政的な支援も含めた協力を実現し始めている。一方、国際協力銀行(JBIC)では、円借款業務の基本方針となる「海外経済協力業務実施方針」の中で、環境問題やエネルギー問題とともにHIV/AIDSへの対策を「地球規模問題への対応」として重点分野に定めている。本方針に基づき、インフラ事業に従事する移動工事労働者や事業対象地域住民のHIV感染リスクが高まる可能性がある場合には円借款事業の一環としてエイズ予防教育や自発的検査、STD治療を推進している。例えばカンボジアの港湾事業やタイ・ラオス国境橋梁の建設現場では、地域保健局と現地NGOとの連携により、コンドームのマーケテイングやピア教育を既に実施しており、また他の国々においても同様の対策を含めた案件の形成に向けて力を入れている。日本のNGOや大学等研究機関も独自に、また、政府援助のパートナーとして、AIDS分野での国際協力プロジェクトの実施や研究、政策提言に積極的に関わっており、各種活動は拡大しつつある。

参照資料

  1. 『世界の感染症流行に対する日本の貢献:沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)中間評価と今後の取り組み』
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/
    jikou/hyoka/idi_chukan/index.html


  2. 『人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブ(GII)評価調査』
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hyouka/kunibetu/gai/gii/

  3. UNAIDS・WHO (2003) AIDS epidemic update.

  4. UNAIDS (2002) Report on the global epidemic HIV/AIDS.

  5. 世界銀行 (1997) Confronting AIDS(邦訳『経済開発とエイズ』1999)

  6. WHO (2003) Treating 3 million by 2005.

  7. UNDP (2000) Mainstreaming the Policy and Programming Response to the HIV Epidemic.

  8. UNDP (2001) HIV/AIDS Implications for Poverty Reduction.

  9. UNDP (2002) HIV/AIDS and Poverty Reduction Strategies.

7. 関連リンク(最高で10〜12のウェブサイト)

  1. UNAIDS
    エイズ対策に関連する情報を包括的に発信している。UNAIDSのロゴに含まれている共同スポンサー名が各機関へのリンクとなっている。
    http://www.unaids.org

  2. 世界エイズ・結核・マラリア対策基金
    世界エイズ・結核・マラリア対策基金は活動の透明性確保を掲げており、活動のかなりの部分がウェブサイトでフォローできる。
    http://www.theglobalfund.org/

  3. HIV Insite
    カリフォルニア大学サンフランシスコ校が、関連ニュースや報告を日々包括的に収集している。医療・予防・政策といった分野別、地域・国別に情報が詳細にまとめられていて、情報源へのリンクもわかりやすく、豊富。
    http://hivinsite.ucsf.edu/

  4. ヘルス・ギャップ
    途上国で包括的エイズ対策を進めるためのアドボカシーを展開している米国の市民社会ネットワーク。欧米市民社会のエイズへのアドボカシーの取り組みを知ることができる。
    http://www.healthgap.org/

  5. IRIN HIV Plus News
    国連人道問題事務所が編集する「統合地域情報ニュース」(IRIN)のうち、 HIV/AIDSをとりあげたもので、途上国のHIV/AIDSの最新情報が得られる。
    http://www.plusnews.org/

  6. Nigeria-AIDS
    アフリカのHIV/AIDSに関する情報を集約したウェブサイト。サハラ以南アフリカのNGOなどの活動情報が活発にかわされる投稿コーナーなども設置されており、興味深い。
    http://www.nigeria-aids.org/

  7. kaisernetwork
    HIV/AIDSを含め、国際的な保健情報を総合的に扱っているサイト。HIV/AIDSに関わる国際会議などの情報が集約されている。
    http://www.kaisernetwork.org/

  8. AHRN
    アジア・中東地域のHIV/AIDS対策において優先度の高い、注射薬物使用者のハームリダクションに関する情報を得ることが出来る。
    http://www.ahrn.net/index.html

  9. 国際エイズ・ワクチン推進構想
    政府・国際機関・民間セクター・市民社会セクターをつないでエイズ・ワクチン開発を促進するためのネットワーク。エイズワクチン開発の状況を知ることができる。
    http://www.iavi.org/

  10. 財団法人エイズ予防財団
    エイズに関する情報、とくに予防のための情報やイベント情報等を、日本語で得ることができる。
    http://www.jfap.or.jp/

  11. 国立国際医療センター/エイズ治療・研究開発センター(ACC)
    エイズの治療、医療面に関して日本語で知ることができる。
    http://www.acc.go.jp/

  12. アフリカ日本協議会
    アフリカを始めとする、エイズを巡る世界的な動きを日本語でフォローできる。
    http://www.ajf.gr.jp/

  13. ぷれいす東京
    国内でPLWHA支援や相談事業などを実施している代表的CBOのひとつ。
    http://www.ptokyo.com/

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