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環境と開発
アジア経済研究所
野上裕生

課題の定義

 環境保全と貧困削減の両立は「環境と開発」という課題の重要な内容である。これを集約したものが「持続可能な発展」(sustainable development)という理念である。「持続可能な発展」という用語が一般的に使われることになったのは1980年代に入ってからだといわれている(森田・川島[1993:6-8]参照)。持続可能な発展の定義として、国連の「環境と開発に関する世界委員会」(the World Commission on Environment and Development, ノルウェー首相であったブルントラント(Mrs Gro Hsrlem Brundtland)氏が委員長。Hodge[1995:52]による)が1987年4月に発行した報告書で示した「将来世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、今日の世代の欲求を満たすような発展」という定義(竹本・森口[1998:89])はよく参照されている。この定義では資源の効率的活用と世代間・世代内の平等な分配を考慮した開発政策が重要である。それは貧困削減、資源の保全と再生、経済成長から社会発展への移行、全ての意思決定において経済的視点と環境的視点を統合していくことを含んでいる(植田[1996:12-16])。

「環境と環境」問題の理論的背景

(1)経済発展と環境破壊の対応関係による分類
  環境汚染の程度を示す個別指標を経済発展によって改善できるものと悪化するものに整理することはよく行われる方法である(World Bank[1992:9-11]や植田[1996:196-198]などを参照)。多様な環境問題を日本環境会議[2000]や高木[2002:116-119]を参考にして、次のように分類してみよう。第一は人間生活に伴う汚染が人口の増加や都市化に伴う消費活動の拡大によって深刻になったもの(屋内空気汚染や排泄物による水質汚染など)で、社会資本が整備されて、電気・ガス、上下水道の利用が普及すれば、ある程度は改善できる(浅妻[2000:319-321])。第二は、経済発展と直接結びついているもので、工場や車の排気ガス、排水、有害廃棄物などによる大気や水質の汚染がある。第三は、それ以外のもので、生物種の減少や商業用農産物生産による土地の疲弊などがある(日本環境会議[2000:306-318]))。

 開発途上国の環境問題ではグローバル化の影響も考慮して地球規模での取り組みを行なければならない。植田[1996:171-177]は地球規模の環境問題を、国境を越える広域環境汚染(酸性雨や国際河川の汚染など)、企業の直接投資や海外進出に伴う環境破壊、先進国と途上国の国際分業によるもの、貧困と環境破壊の悪循環が進行する場合(熱帯雨林破壊や砂漠化など)、グローバルコモンズの環境破壊(オゾン層破壊や地球温暖化問題)に分類している。

(2)環境破壊の原因による分類
  (1)で見たように、環境破壊と貧困が密接に関連することはよく指摘されている。たとえば、アジアの森林資源の動向を展望した立花[2000:300]は、熱帯林を中心とする森林消失に関連する要因として過度の商業的森林伐採や農業開発、及び人口圧力を含む様々な問題を指摘している。外貨獲得産業としての木材輸出に向けた木材伐採に政治や利権が関わることによって森林破壊が進んできた事例も報告されている(たとえば太田・Grizelda, Labradores[2000:139-143]が報告しているフィリピンの森林資源の事例)。しかし、制度や政策から独立した外生的な貧困が環境破壊を引き起こすものではなく、貧困と環境破壊の背景にある制度や政策、及び権力構造や分配の不平等などの要因にも注意する必要がある。

 特に重要な原因である「市場の失敗」(market failures)は、市場が資源配分を効率的行うことができないことである。市場の失敗の原因には外部性が重要である。外部性は個人や企業が、他の個人や企業に対して市場を経由しないで直接影響を与え、その対価や補償の支払いがないことである。この時に、個人や企業が市場での価格によって自分が負担する私的費用(あるいは私的便益)と社会全体が負担する社会的費用(あるいは社会的便益)が違ってきてしまい、個人や企業の行動が社会全体からみた時の最適水準から離れてしまう。

  市場の失敗のもう一つの原因は公共財である(以下は柴田・柴田[1988]などに基づく)。公共財は、その便益(あるいは影響)を受け取ることから誰も排除できないという非排除性と、その財をある人が使ったとしても、ほかの人が使うことが妨げられることがないという非競合性という性質を持つ。非排除性があると、その財の受益者が費用の負担から逃れようというインセンティヴが働き、市場で自発的に供給されなくなる。また、非競合性の場合には、社会厚生最大化のためには、社会の全員にその財を利用させた方が望ましい。このような理由から、公共財は政府が供給する必要がある。自然環境にも非排除性や非競合性を持つものがあれば政策の対象になる可能性を持っている。

  公共財と関連するのは、地域の共有資源の管理の失敗、あるいは「共有地(コモンズ)の悲劇(Tragedy of Commons)」という概念である。これは生物学者ハーディン(Garrett Hardin)が1968年の『サイエンス』誌(Hardin, G.[1968] The Tragedy of the Commons, Science, 162,pp.1243-1248)で発表した論文から来た概念である。この論文の中でハーディンは、農民が共有地に牛を放牧する時に、自分の利益だけを考えて行動すると放牧地が荒れ果ててしまい、結局全ての農民が不利益を被ることになる、という寓話を用いた。このように、個人が自分の利益を優先すると、結局は全ての個人が不利益を被る事態のことを「共有地(コモンズ)の悲劇」と言う。「共有地の悲劇」は共有資源管理において社会全体への影響を考慮することの必要性を示すものである。しかし、このことが直ちに政府介入(たとえば森林を国有林や自然保護区に指定すること)を正当化するわけではない。実際には工業化する前の社会であっても、共有資源を長期的に見て効率的に利用できるような規範やルールがあったこと、これらのルールが弱体化していったのは近代化と工業化の過程であることが報告されている。したがって、共有資源を地域社会が自主的に管理できるルールがなぜ衰退してしまったのか、また近代化と都市化を経験した社会で共有資源管理のルールをいかにして構築できるのか、という問題を研究することが求められている(以上は植田[1996:161-188]のまとめによる)。

(3)持続可能な発展への政策
  環境管理の一つの方法は、罰金や処罰を通じて法律によって定められた基準を執行するというやり方に基づく直接規制(command and control)である。直接規制を用いる利点は環境面での効果が相対的に確実なことであるが、経済的手段に比べて柔軟性に欠けるという批判もある(O’Conner[1994(訳書):73-123])。

 環境管理のもう一つの方法は市場の機能を利用した経済的手段である。資源利用の社会的費用を適切に反映した価格設定を行い、企業や家計が適切な選択ができるようにインセンティヴを提供することで、汚染課徴金、税(汚染税や炭素税など)、排出許可証の市場設定などの方法がある(Pearce et al[1989(訳書):177-189])。

「環境と開発」の分野における国際協力

(1)国際会議での取り組み
  環境と開発、特に持続可能な開発が国際会議の場で議論されたものとして、1972年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)、1992年の国連環境開発会議(リオデジャネイロで開催され、「地球サミット」とも呼ばれる)、及び2002年に南アフリカのヨハネスブルグで開催された「持続可能な開発に関する世界サミット」(ヨハネスブルグ)が重要である。

 リオデジャネイロで開催された地球サミットでは「環境と開発に関するリオ宣言」、「森林保全原則声明」、「アジェンダ21」を採択し、「気候変動枠組み条約」、「生物の多様性保全条約」に参加した多くの国が調印した(植田[1996:193])。この「アジェンダ21」は、第I部「社会・経済的側面」、第II部「開発のための資源の保全と管理」、第III部「主たるグループの役割の強化」、第IV部「実施手段」(資金源及び資金調達メカニズムを含む)から構成されている(加藤[1998:54-59]に基づいている)。「環境と開発に関するリオ宣言」では「共通だが差異のある責任」(common but differentiated responsibility)の原則に基づいて、地球環境の保全に関して先進国が重要な義務を果たすことが強調されている(加藤[1998:78-79])。特にアジェンダ21の中では先進国の任務として強調されたのは資金援助(第33章「資金源及びメカニズム」)と技術移転(第34章「環境上適切な技術の移転、協力及び対処能力の強化」)である(加藤[1998:80-85]に基づいている)。

 ヨハネスブルグ・サミットは2000年 12月の国連総会の決議(A/RES/55/199に基づいている。この決議はリオ・サミットでの様々な合意の実施状況を評価し、持続可能な開発に向けた地球全体の取り組みをもう一度活発にすることをヨハネスブルグ・サミットの課題に設定している(小島[2003]のまとめによる)。ヨハネスブルグ・サミットでは「持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言」を採択し、いくつかの項目について具体的な数値目標と達成期限を明記したが、これらは貧困削減の数値目標である「ミレニアム開発目標」などで国際的な合意が既に得られたものが多かった。また新しい数値目標(たとえば再生エネルギーの利用率)や達成期限(たとえばODA の対GNP比 0.7%)を設けることが議論されたが、実施計画には盛り込まれなかった(以上は小島[2003]のまとめによる)。

(2)世界銀行の取り組み
  世界銀行は1970年代初頭から環境汚染防止や自然保護のための投融資を増やしており、この頃から融資決定に先だって開発事業に伴う環境への影響を事前に審査するということも行われたと言われる。しかし、世界銀行が環境への配慮を本格的に行うようになったのはブラジル・アマゾン地域の開発やダムの建設事業に対する融資問題をめぐって環境NGOからの批判を受けてからのことであり、1987年に環境局を設置して以降のことであると言われている(以上は加藤[1998:74-77]に基づく)。

(3)国連関係機関とミレニアム開発目標
 1972年のストックホルム国連人間環境会議の勧告に沿って、同じ年の国連総会決議によって国連環境計画(UNEP)が創設された。UNEPの活動は環境汚染、人間の健康や居住、生態系の保全、自然災害までの広い分野にわたっている。これらの分野の機能を大まかに分類すると「環境アセスメント」「環境管理」「支援措置」にまとめられる(加藤[1998:68-71]に基づく)。2000年9月の国連ミレニアム・サミットで採択された「ミレニアム宣言」を具体化するための「ミレニアム開発目標」(Millennium Development Goals , MDGs)では環境的持続可能性を確保することを第7 指標にしている

(4)環境ODA
 OECDの開発援助委員会(DAC)は「環境のための援助」の定義を行っており、これによって、ODA供与国の比較が可能になっている。ここでは環境ODAの内容を森[2003]及び梅崎[2003]に基づいて紹介したい。DACの分類では、セクターとしての環境保護、及び制度・能力の形成を通じて環境保全を開発目的に統合化する具体的な活動を含んだものも環境ODAに入っている。主な分野としては水資源、エネルギー、森林、生物(生物多様性保護など)、その他環境政策や教育など全般に関わるものがある(梅崎[2003:11]表1)。今後は援助効果を持続的で有効なものにするような取り組みや事後評価の必要性も指摘されている。

(5)地球規模の環境問題への対策
  開発途上国の中にも経済成長をある程度達成できた国もあり、現在では地球温暖化問題に対して先進国と開発途上国が協力して取り組むことが求められている。ここでは地球温暖化対策を取り上げて、新澤[2002]及び日引・有村[2002:177-182]のまとめに基づいて、地球温暖化対策の現状を紹介したい。1997年に「気候変動枠組み条約第3回締結国会議」が京都で開催された。この時に先進国の温室効果ガスの削減目標が決定された。これは1990年を基準年として2008 年から2012年の間に各国に定められた削減目標を達成することである。削減目標を補完する措置として、共同実施、排出量取引、クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism, CDM)が柔軟措置として議定書に取り入れられた。これらの柔軟措置は対策費用を抑制しながら削減目標を達成しようとするものである。

 共同実施とは、市場経済移行国を含む先進国間で温室効果ガスの排出削減あるいは吸収のためのプロジェクトを実施して、その結果生じた削減量を関係国の間で移転することを認める制度である。

 クリーン開発メカニズムは先進国が途上国に対して資金や技術面の協力を行い、温室効果ガス排出・吸収のプロジェクトを途上国で実施することである。投資した国はその見返りに排出削減分だけ自国の温室効果ガスを排出削減したものとして扱われる。このプロジェクトは途上国の持続可能な開発を実現するものでなければならない。またクリーン開発メカニズムのための資金は、従来の政府開発援助(ODA)を転用するのではなく、追加的な資金として供給されなければならないということも確認されている。

 排出量取引は排出枠が定められている先進国の間で排出枠の取引を認める制度である。排出権取引・CDM・共同実施の3種類の取引メカニズムは「京都メカニズム」と呼ばれており、先進国が他国と協力して温室効果ガス削減目標を達成するための手段になっている(新澤[2002:77-90])。

環境協力における日本の取り組みの現状と課題

(1)日本の環境協力の歴史
  日本の開発援助で環境に対する取り組みを見る場合、1989年のアルシュのサミットの場で「環境援助政策」が公表されたことは一つの契機を作るものであった。1991年にロンドンで開催されサミットでは1989年の「環境援助政策」を拡大強化する「新環境ODA政策」が公表された。この「新環境ODA政策」の中では日本の経済協力の際には受け入れ国の環境に配慮して、環境悪化をもたらさないような制度を確立して実行するという事項が取り入れられている(国際協力事業団[2001:127-128])。

 ODAの中で技術協力の実施機関である国際協力事業団(JICA、現在の国際協力機構)は1988年に環境配慮の実施を中心的課題とした「分野別(環境)援助研究会」を設置して、JICAの環境分野の事業推進に対する提言を行った。その提言を受けて1988年から1992年にかけて全部で20セクターにおよぶ分野ごとの環境配慮ガイドラインを作成した。また1989年に「環境室」を設置して以降、環境分野に関わる組織の強化を図っている(国際協力事業団[2001:128])。

 現在の国際協力銀行(JBIC)の前身の一つである海外経済協力基金(OECF)も1989年に融資の際には周辺の環境や地域住民の生活に悪影響を及ぼすことのないように「環境配慮のためのOECFガイドライン」を日・英両分で作成し、有償資金協力の受け入れ国機関にも配布している。1995年には環境配慮ガイドラインの改訂も行われ、資金協力を供与する受け入れ国において、環境影響評価が推進できるような改善を図っている。また1993年に環境社会開発課を設置するなどの形で環境配慮に関わる組織の強化を図っている(国際協力事業団[2001:128])。

 その後、国際協力銀行(JBIC)では2002年 4月には「環境社会配慮のための国際協力銀行ガイドライン」を制定し、環境や社会的側面に対する配慮、融資前の環境レビューや融資後のモニタリングなどを定めている(国際協力銀行[2002:59-60])。

 日本の実施した環境プロジェクトの特徴の一つは、開発途上国が自らの環境問題に対処できるようになることを目標にして、総合的な環境管理のための組織強化を目指した協力として環境管理の拠点作りを行ったことである(中国、インドネシア、タイなどの環境センターのプロジェクトなどが代表的な事例である 国際協力事業団[2001:140]参照)。

(2)日本の環境協力の課題
  最後に、環境協力の分野における日本の取り組みの課題として論じられている問題のいくつかを紹介してみたい。日本の環境分野における日本の国際協力の課題としては、これまで次のようなものがよく指摘されている。

 第1は専門性を有する職員の不足という問題がある(国際協力事業団[1998(第2巻):151]))。これまで日本の環境協力での最大の課題としてJICA やJBICなど技術協力や有償資金協力を供与する機関の職員の中で環境分野の技術協力に関する専門的知見を持った職員の数の不足はよく指摘されてきた(国際協力事業団[2001:146-147])。

 第2はプロジェクトの質を向上させるために、JICA地域部のリーダーシップや開発途上国に設置されているJICA事務所の強化の必要性も指摘されていることである(国際協力事業団[1998(第2巻):152]、国際協力事業団[2001:146-147])。

 第3は、環境協力に関わる主体である援助実施機関、研究機関、大学や学会などの連携とネットワークを形成していくことである(国際協力事業団[1998(第2巻):150]))。また途上国への資金の流れはODAだけでなく、海外直接投資も重要な役割を担っており、環境保全の分野ではNGOなどの役割も大きくなっている。このような状況では環境ODA、ODA以外の政府資金であるOOF、民間協力の間の役割分担と連携、協力案件相互の連携と他の二国間、多国間援助機関との調整を考えていかなければならないことも指摘されている(松岡・朽木[2003:1-4]及び谷津・早瀬・岩田[1995:97]等の指摘に基づく)。

参考文献(紙数の制約のため主要なものだけを示す)

(1)日本語文献

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(2)英語文献

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