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セクター

「ジェンダーと開発」
国際協力機構 国際協力専門員
田中由美子

(1) 定義

WID (Women in Development) (開発と女性)1
 開発途上国の社会経済開発を効果的に進めるにあたって、女性が開発の受益者であるばかりでなく、重要な開発の担い手であるとし、開発過程への女性の参加を進めることをWIDという。1970年代にデンマークの経済学者E.ボズラップにより、開発が男性と女性に対してそれぞれ違った影響を及ぼしていることが報告されて以来、欧米の国際援助機関を中心に、WIDは女性に対する教育や雇用の平等な機会の提供を目的として、開発援助の重点課題とされるようになった。女性に焦点が当てられ、女性の実際的課題・ニーズ(practical needs)への対応が中心であり、女性を「開発」に統合(integrate)することを目指した。

GAD (Gender and Development) (ジェンダーと開発)2
 これに対し、GADは援助対象社会の男女の役割や性別(ジェンダー)に基づく開発課題やニーズを分析し、持続的で公平な開発を目指そうとするアプローチである。WIDが女性のみに焦点をあてていたために、固定的性別分業の解消には至らず、女性の意思決定過程への参画もさほど見られなかったという批判から、GADは、男女間の不平等な機会や処遇、ジェンダーに基づきどちらかの性が不等な立場におかれるような社会・経済構造や制度の変革、戦略的ジェンダー課題・ニーズ(strategic interests)への対応を目指す。このなかで社会的に不利な状況や立場にいる住民男女が主体的に社会参画し力をつけること(エンパワーメント)が重視されている。

(2) 歴史的背景

 1961年に米国対外援助法113条(パーシー修正案)においてWIDの重要性が明記され、1974年には米国海外援助庁(USAID)にWIDオフィスが設置された。
 1975年の国際婦人年には、第一回世界女性会議が「平等、開発、平和」をスローガンにメキシコ・シティーで開催され、1976−1985年を「国連女性の十年」と定めた。この後、1975年に国際女性調査訓練研修所(INSTRAW)、1976年に国連婦人ボランティア基金(現在、国連女性開発基金UNIFEM)が設置された。1979年の国連総会では、女子差別撤廃条約(CEDAW)が採択されている。
 1980年にはコペンハーゲンにおいて第二回世界女性会議が開催され、1983年には経済開発協力機構(OECD)開発援助委員会(DAC)においてWID指導原則が採択された。1985年にはナイロビで第三回世界女性会議が開催され、「女性の地位向上のためのナイロビ将来戦略」が採択された。同年、我が国においても女子差別撤廃条約が批准された。
 1995年、北京において第4回世界女性会議が開催され、「行動綱領」が採択された。我が国政府代表からは、「途上国の女性支援(WID)イニシアティブ」が発表され、女性の教育、健康、社会経済参加を重視する援助を実施する政策が始めて表明された。この政策発表を受け、我が国は国連開発計画(UNDP)の日本WID基金、UNIFEMの「女性に対する暴力撤廃基金」、IFADのWID基金、アジア工科大学院のGAD講座等への資金拠出などを開始した。
 2000年にニューヨークで開催された国連特別総会「女性2000年会議―21世紀に向けての男女平等・開発・平和」では、行動綱領の実施状況の検討・評価が行われるとともに、更なる行動及びイニシアティブに関する検討が行われ、その結果が「政治宣言」及び「北京宣言及び行動綱領実施のための更なる行動とイニシアティブ」として取りまとめられ、あらゆる分野におけるジェンダー主流化及び女性のエンパワーメントの重要性が国際的に再確認された。

(3) 理論的考察

 ジェンダー平等を推進することによる開発の効果はさまざまに証明されてきた。例えば、女性の教育水準が向上するにつれて子どもの予防接種率が高くなる、識字率の男女差が大きいところほどエイズウイルス感染率が高い、教育の男女差を早くなくした地域ほど経済成長率が加速する、ということが世界銀行発行の『男女平等と経済発展』(2002)で報告されている。さらに、権利や所得に関して男女間での平等の度合いが高いほど、教育や政治参加におけるジェンダー平等が進む。女性の家事や雑用に費やされる時間を縮小すると、節約された時間を使って女性は収入につながるような活動を行い、その結果家族の栄養状態が向上したり、女子の通学の機会が増えたりすることも報告されている。例えば、ケニアでは家庭外での育児の値段が10%下がると、母親の労働市場への参加率および女子の就学率が向上したという調査結果もある。生産資源や雇用機会の公平と平等を確保すれば、ジェンダー平等を前進させ、経済効率を向上させることができるのである。

(4) 最近の議論・論争

ジェンダー主流化(gender mainstreaming)
 1995年以降、ジェンダー主流化という考え方が広まったが、これは、ジェンダーと開発(GAD)を開発の重点課題とし、ジェンダー平等を進めるための包括的取組みであり、ジェンダー平等の視点を全ての政策・事業の企画立案段階から組み込んでいくことである。全ての開発課題において、女性と男性の両方が意思決定過程に参加できるようにするという考え方に基づいている。
 ジェンダー主流化は、援助事業だけでなく、開発途上国政府および援助機関の組織内部においても行われるべきものである。すなわち組織の上層部にジェンダー平等を推進するための総合的な企画調整および監視機構を設置し、下部には各部署にフォーカルポイント(担当者または拠点)を配置するなど、ジェンダー平等の貫かれる体制を整えることが必要となる。

社会・ジェンダー分析(social/gender analysisまたはsocio-gender analysis)
 ジェンダー分析とは、男女の社会・経済的状況や開発ニーズを把握するために行われる分析手法である。ジェンダー分析は、男女の役割分業を分析するだけではなく、男女の間の社会的関係を民族、階層、世代、年齢、その他の属性や構造とのかかわりで立体的にとらえていくことを含んでいる。ジェンダー分析は社会・経済・政治・文化・歴史的文脈とは切り離せないことから、「社会・ジェンダー分析」とも呼ばれている

ジェンダー評価(gender evaluation)
 ジェンダー評価とは、横断的・多元的視点に立って援助を評価する手法のひとつである。開発プロジェクトが所期の目標を達成したとしても、どちらかの性に不利なインパクトをもたらし、結果としてジェンダー格差を拡大するような場合、果たしてプロジェクトは効果的、公平であったと評価できるのかという問題意識に基づき、ジェンダー評価の必要性が認識されるようになった。
 特にプロジェクトの企画・立案段階で、ジェンダー分析に基づくジェンダー指標を設定し、プロジェクト目標にジェンダー平等推進や女性のエンパワーメント推進をきちんと明記し、そのために必要な活動や投入を明確に記載している場合には、プロジェクトがより効率的・効果的に実施され、プラスのインパクトをもたらすという事例が報告されている。
 また、近年では個別案件だけでなく、よりマクロな援助政策のジェンダー評価も先進援助機関で実施されている。これは、ジェンダー視点に立って政策・施策・事業が一貫して計画・実施されると、援助効果がより高いという先進援助機関の経験に基づいている。現在、DAC評価ネットワークとジェンダー平等ネットワークが共同してジェンダー評価手法の開発にあたっている他、世銀や国連開発計画、二国間援助機関においてもジェンダー評価手法や指標の開発が行われている。日本では、日本評価学会の中に「社会・ジェンダー評価分科会」が設置され、ジェンダー評価手法の確立を目指している。

(5) 主要援助機関・ドナーの政策スタンス・実績3

1. DACジェンダー平等ネットワーク(DAC Gender Equality Network:DAC-GEN)
 パリに本部を置く経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)に設けられた下部機関として、DAC加盟国の援助政策においてジェンダー平等と女性のエンパワーメントを推進するのがジェンダー平等ネットワークの目的である。日本も含む主要な援助機関・ドナーが一堂に会して、ジェンダー平等の視点に立って各国・機関の援助政策をどのように進めていくかについて協議する場である。
 主な役割は、開発援助の質の向上および効果的な援助を実施するために、DAC加盟国に対してジェンダー視点に立った援助をするための指針を作成する、他の作業部会やネットワーク(環境、貧困、グッドガバナンス、評価など)に対してジェンダー視点に立った助言を行う、各国のジェンダー支援業績取りまとめやデータベースを提示することなどである。報告書としては、ジェンダー主流化ガイドライン、セクター・ワイド・アプローチのガイドライン、Tip-Sheets(情報シート)などがある。

2.世界銀行
 2000年、ジェンダー政策評価を実施し、世銀の貧困削減政策がジェンダー政策との整合性を欠いているために、貧困削減政策の効果が挙がっていないという問題点を指摘し、貧困削減のためには途上国が策定しているジェンダー政策の実現に対して世銀の支援をより強化することが重要であるとした。これを受けて、2001年9月にジェンダー主流化セクター戦略(GSSP)を採択した。この戦略は以下のような内容である。(1)ジェンダー不平等が労働生産性を低め、一般的な経済の非効率性を招き、貧困削減及び経済成長、人間の福祉にも負の影響を及ぼしている。(2)ジェンダー不平等は途上国のみならず先進国にも共通の課題である。(3)ジェンダー平等化を進めることが世界銀行の目指す貧困削減をより体系的かつ総合的に進めることができる。以上のような内容であった。世銀はさらに2002年、『WID/GAD政策の評価報告書』を発表し、過去10年間において12カ国180案件を対象にジェンダー評価を実施した。

3. 国連開発計画(UNDP)
 1990年に人間中心の開発に焦点を当てた『人間開発報告書』を策定し、「人間開発指標(Human Development Index: HDI)」を提示した。1995年には、『ジェンダーと人間開発報告書』を策定し、ジェンダー不平等の測定指標として、「ジェンダー開発指標(Gender Development Index: GDI)」と「ジェンダー・エンパワーメント指標(Gender Empowerment Index:GEM)」を開発した。UNDPでは、すべてのプロジェクトにおいてジェンダー平等のための配慮が必要であるとし、貧困、環境、ガバナンスなどのUNDPが重視するテーマすべてにジェンダー平等の視点を組み込み、相関関係を明示するようにしている。

4.アジア開発銀行(ADB)
 1992年にアジア開発銀行はWID政策を採択したが、「女性が開発を必要としているのではなく、開発が女性を必要としている」という認識のもと、1998年には経済及びセクター事業、融資及び技術協力を含むADBの全事業へのジェンダー主流化を目指した包括的GAD 政策(指針)を採択した。さらに、事例分析によるジェンダー評価を実施し、2001年に評価報告書を発表した。

5. 米国
 1973年の「海外援助法」の中で途上国の女性支援を明記した。その後1974年にはUSAIDにおいてWID方針策定が開始され、1982年にはWID政策が採択された。二国間援助機関としては最も早く1974年にWIDオフィスを設置し、積極的にWID/GAD支援を展開してきた。

6.カナダ
 1976年にWID政策指針を策定し、1984年にはWIDの担当部署を設置し、政策を策定した。1995年には国際協力を含むすべての行政分野においてジェンダー平等の促進について取り組む「ジェンダー平等のためのカナダ連邦計画」を閣議決定している。カナダ国際開発庁(CIDA)は、1999年、「ジェンダー平等に関するCIDA政策」を策定し積極的にGAD政策を進めている。職員に対するジェンダー研修も実施してきている。

7.スウェーデン
 1960年以来二国間協力の重要課題としてジェンダー平等推進を掲げてきた。1996年にはジェンダー平等を進めることを援助政策の目標とすることが国会で決議され、行動計画(Sida’s Action Programme for promoting equality between women and men in partner countries:1997−2001)が作成された。ジェンダー平等を達成する手段としてジェンダー主流化戦略があり、その前提として参加型開発(stakeholderの参加)及びジェンダー分析、国別援助戦略及び政策対話・案件選定の過程においてジェンダー平等を重点課題とすることなどが挙げられている。このジェンダー主流化戦略に沿って2001年に国別援助戦略・事業の評価調査を実施した。

8.オーストラリア
 1976年にWID政策を策定している。オーストラリア国際開発庁(AusAID)は、1997年に『ジェンダーと開発―オーストラリア支援のコミットメント」において、ジェンダー平等は人権の保障に不可欠であり、資源や機会への女性のアクセスを確保することによる貧困削減、非識字率の低下や疾病等の削減にジェンダー平等の視点は不可欠であるとしている。

9.ドイツ
 1980年代後半からWID事業を実施してきた。2001年に貧困対策に関して「行動計画2015」を閣議決定し、重点10分野のひとつにジェンダー平等の促進を含め、ジェンダー平等は貧困削減の重要な要因であり、すべての案件にジェンダー視点を組み込む支援を実施するとしている。

(6) 日本の諸機関の援助、議論、問題点

 我が国においては、1992年に政府開発援助大綱が閣議決定されたが、この中では「開発への女性の積極的参加及び開発からの女性の受益の確保について十分配慮する」と記載されている。さらに2003年8月に新たに閣議決定された「政府開発援助大綱」では、援助の基本方針として「公平性の確保」において、男女共同参画(ジェンダー平等)の視点に立った国際協力の実施が謳われている。
 さらに、1999年に「男女共同参画社会基本法」が制定され、それに基づき翌年、「男女共同参画基本計画」が閣議決定された。基本法においは男女共同参画の視点に立った国際社会への貢献が謳われており、基本計画にも『地球社会の「平等・開発・平和」への貢献』が明記されている。
 1988年には国際協力銀行(JBIC)がWID担当官を配置し、1991年には、WID配慮のための指針を策定した。また、1990年には、独立行政法人国際協力機構(JICA, 前国際協力事業団)において「分野別(開発と女性)援助研究会」が開催され、その研究会の提言を受け、翌年、環境・WID等事業促進室が設置され、1993年には環境・女性課に改編された。JICAではさらに2003年に第二次分野別ジェンダー・WID研究会を設置し、翌年『ODAのジェンダー主流化を目指して』という報告書を作成した。
 我が国の援助関連府省及び機関は多岐にわたる上に、ジェンダー平等の視点に立った事前・事後の評価が十分に実施されていないため、援助が途上国の男女それぞれに与える社会経済的影響について詳細に把握できていない。特に、無償資金協力や有償資金協力に関してのジェンダー平等視点に立った社会影響調査が十分に実施されていないため、有効な教訓や提言が引き出されていない。また、ジェンダー平等の視点に立って、市民やNGOの参加も募りながら、日本の政府開発援助政策・施策を策定し、事業の推進を図り、モニター・評価、フィードバックするような総合的な体制を整えていくこと等が今後の課題である。

(7) 関連情報

  1. 国連開発計画(UNDP):ジェンダーと開発
    http://www.undp.org/gender/index.htm

  2. 国連女性開発基金(UNIFEM)
    http://www.unifem.org/

  3. 世界銀行:ジェンダーネット
    http://www.worldbank.org/gender/

  4. 内閣府男女共同参画局
    http://www.gender.go.jp

  5. 外務省
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/pr/pub/pamph/wid.html

  6. 独立行政法人 国際協力機構(JICA)地球規模問題:ジェンダー・WID
    http://www.jica.go.jp/global/genwid/index.html

  7. お茶の水女子大学:ジェンダー研究のフロンティア
    http://133.65.148.120/f-gens/index.html
    http://www.igs.ocha.ac.jp/f-gens/link/index.html(ジェンダーのリンク集)

  8. 日本評価学会―社会・ジェンダー評価分科会
    http://www.idcj.or.jp/JES/genderbunkakai-2003.htm

(8) 関連文献

  1. 国連開発計画(1995)『人間開発報告書 ジェンダーと人間開発』、国際協力出版会。

  2. モーザC.(1996)『ジェンダー・開発・NGO 私たち自身のエンパワーメント』(久保田賢一、久保田真弓訳)、新評論。

  3. 世界銀行(2002)『男女平等と経済発展 世界銀行政策リサーチレポート』、
    関本勘次他訳、シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社。

  4. 田中由美子、大沢真理、伊藤るり編著(2002)『開発とジェンダー エンパワーメントの国際協力』、国際協力出版会。

  5. 国際協力機構(2003)『第二次分野別ジェンダー・WID研究会 ODAのジェンダー主流化を目指して』。

1   開発ジャーナル社編(2004)『国際協力用語集(第3版)』。
2   開発ジャーナル社編(2004)『国際協力用語集(第3版)』。
3   田中他編『開発とジェンダー エンパワーメントの国際協力』 315-318頁。

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