平和構築
嶋影繭子
1)定義
「平和構築」とは、未だ確立されているとは言えないものの、ここでは一般的に平和の醸成と定着を目的として行われる紛争予防、紛争和解、紛争後の復興支援を含むあらゆる活動を指すものであると定義付ける。 従来の政治的・軍事的な紛争解決・紛争予防方法に加え、紛争の根本的要因を認識し、それらをできる限り排除するために中・長期的に政治・行政、経済、社会、人道分野などから復興、構造改革、人材育成等を推進していく包括的なアプローチと捉える。 平和構築の最終的目標は地域社会が暴力または外からの武力介入に頼らずに、平和的手段により自力で対立を克服できる能力を養うことである。
2)歴史的背景
「平和構築」という用語が一般的に普及しはじめたのは、1992年、Butros Butros Ghali国連事務総長により提出された、「平和への課題 (An Agenda for Peace)」の中で紹介されて以来である。 上述の文書では「平和構築」を、紛争の再発を防ぐため平和を強化・固定化するために役立つ構造を確認・支援する行為、としてあつかっている。
ソ連崩壊後、国家間の紛争に代わり、国家内の異なった民族・人種・宗教の間の武力を伴う争いが頻発するようになった。 これら地域紛争の多くは開発途上地域内で発生し、当該国・地域の開発の妨げになっている。 また、国連のソマリア、ボスニア、ルワンダ平和維持活動の苦い経験(ミッションが失敗しただけでなく、国連職員が標的となり人質にとられたり、殺害されたりした)は、近代の地域紛争への軍事介入の難しさと危険性を提示した。 これらの経験により、 従来どおりの 「受動的」で、一時的な停戦をはじめとする平和強制活動や紛争管理術では紛争の根本的な解決に結びつかず、限界があるということが認識されはじめた。
国連の平和活動もこの点を認識し、カンボジア暫定行政機構、マケドニア予防展開軍、東ティモール暫定行政などのように従来の平和維持・強制活動とは違う、平和の創造・再建や紛争の(再発)予防などを視野にいれた平和構築に活動を拡大するようになった。 更に、最近になり、開発と平和は不可分一体であり、平和構築とは軍事、政治だけでなく、経済的、社会的、更に人間の安全保障の視点からも包括的に取り組むべきではないか、という認識が国際社会で徐々に広まることとなった。
3)理論面からの考察
平和構築活動の例としては、元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(Disarmament, Demobilization, Rehabilitation:DDR)、小型武器規制、難民帰還、インフラ整備、行政制度の整備、メディア支援、ガバナンスの是正、人権尊重、軍・警察・司法制度等の整備、選挙支援、民主化促進、経済復興支援などが含まれる。 これら平和構築活動は、紛争の構造的・根本的要因である貧困や経済格差、社会的不正、悪いガバナンスの問題、政治的抑圧などの問題を排除し、解決を試みるものである。 又、上記の活動は、地元社会・自治体の紛争解決・予防、平和の過程促進などの分野における能力を強化し、その社会や自治体が自力で、武力・暴力にたよらず争いを処理する能力を養おうとするものである。このような活動により、武力紛争の発生し難い環境を整備し、永続的な平和の可能性が高まるのである。
4)最近の議論・論点
「平和構築」の問題のひとつとして、定義の問題があげられる。 平和構築活動を行う機関しだいで、平和構築は時に広く、時に狭く定義づけられており、学者、専門家など関係者のなかでのコンセンサスというものがないのが現状である。 「平和への課題」では「紛争後」という限定された意味で平和構築が定義づけされているが、最近は、紛争前、最中にまで範囲を拡大するべきだという方向にある。 また、開発は紛争予防や再発防止などの平和への要因となりえるだけでなく、紛争状況に負の影響(開発援助がその地域への紛争を助長する場合)を及ぼす場合がある。 これを防ぐために、通常の援助を行う場合でも、平和・紛争の要因共に十分配慮するアプローチをとらなければならない。 そのためには、緊急援助、復興・開発援助としての平和構築に対する知識だけではなく、紛争の特質、またその根本的な原因がどこにあるのかを理解する能力が必要とされる。
その他、平和構築とは、つまり「Nation-Building (国造り)」そのものであり、対象国の政治・文化・社会面への介入も伴うので、国家主権の侵害ではないかとの議論もある。
5)主要援助機関・ドナーの政策スタンス
カナダ
主要ドナーの中では、カナダが特に平和構築分野での先駆的実績を蓄積している。 1996年にはCanadian Peacebuilding Initiative を設け、The Department of Foreign Affairs and Internatinal Trade (DFAIT) とCanadian International Development Agency(CIDA)が共に平和構築活動を進めている。DFAITは平和構築を外交の重要課題の一つとして、予防外交や紛争調停・平和プロセスへの支援、人権の保護など、政治的側面からの「The Peacebuilding Program」を中心に活動している。 一方、CIDAは緊急援助、選挙支援、Civil Societyやガバナンス の強化、女性のエンパワーメント、経済成長などを通じて、開発視点より平和構築支援を行っている。
CIDAが運営する「Peacebuilding Fund」(ODA予算)は被援助国の平和構築ニーズに迅速に応えられるように設定されており、 この Fund により、国際・ローカルNGO、国際機関の様々な案件が支援されている。 近年の案件には、世界銀行がシエラレオネで行ったDDRプログラム、UNDPやInternational Alert (英国のNGO)が行った女性の政治参加・エンパワーメントなどのプロジェクトがある。
世界銀行
世界銀行も、Post Conflict Fund を設け、Conflict Prevention and Reconstruction Unit を中心に、DDR、コミュニティー規模での民族間の和解を目的とした開発プロジェクト、ガバナンスプロジェクトなどのイニシアティブに対する支援を積極的に行っている。世界銀行は、現在アフガニスタン、スリランカ、東ティモール、コンゴ民主共和国などのポストコンフリクト国で紛争から平和に向けての移行の支援をリードしている。
国際連合政治局 (Department of Political Affairs:DPA)
DPAは1997年に平和構築に関する国連の活動の中心部局となり、紛争の(再)発生要因防止の立場より平和構築支援に取り組んでいる。 DPAはPeacebuilding Support Officeをリベリア、タジキスタン、ギニア・ビサウ、中央アフリカ共和国で設け、これらの国での平和の構築を主に政治側面より支援している。 政治局の活動範囲の限界、平和構築に関する知識と経験をもった人材の不足などにより、DPAの平和構築に対する支援機能はかなり制限されているのが現状である。
国連開発計画(UNDP)
UNDPでは開発途上国が直面する紛争の予防と紛争後の復旧及び復興に対する支援を開発協力の重要な課題と位置づけ、その取り組みを強化している。 特にBureau for Crisis Prevention and Recoveryが設立されてからは、組織的にも平和構築支援への取り組みが強化された。 又UNDPは、日本政府とパートナーシップを組み、DDR、インフラ整備、選挙支援、人材育成、地雷撤去、学校の建設、メディアの整備、雇用創出、小型武器回収などのプログラムを通じて世界各地で平和構築活動を推進している (詳しくは7の関連リンクより、日本語版の国連開発計画ウェブサイトへ)。
米国際開発庁(USAID)
USAIDではOffice of Transition Initiatives がポストコンフリクト国の紛争から平和への移行の支援活動を率先して行っている。 選挙援助や、法の支配、民主的制度、ガバナンス支援などの政治的介入も積極的にプロジェクトに取り入れている。 更に、2002年にOffice of Conflict Management and Mitigationが新しく設立されてから、米国際開発庁すべてプログラムの紛争、または平和への影響を配慮する体制が整った。
6)日本の諸機関の動向
外務省
2003年に改定された「ODA(政府開発援助)大綱」では、平和構築を重点課題のひとつとして扱っている。 大綱によると、日本は紛争の要因に対処するための一環として、ODAを貧困削除や格差の是正を含む平和構築活動のため活用する方針である。 日本政府は近年、東ティモール、アフガニスタン、スリランカ、イラクなどでの国際社会のポストコンフリクト復興支援をリードしており、これからもこの分野への貢献の期待が高まっている。また、この大綱では、かつては控えめであった紛争の終結を促進するための支援、和平定着のための支援などもODAを通じて積極的に行うとの方針を打ち出している。その手段として、紛争予防・平和構築無償(ノン・プロ無償)、緊急無償、草の根・人間の安全保障無償各種技術協力(草の根技術協力を含む)、日本NGO支援無償等を駆使して対応していくこととしている。
日本の援助機関では、紛争予防のためのG8宮崎イニシアティブ(2000年)等に示された日本政府の開発援助を通じた平和構築支援の大きな方向性の下、JICA(国際協力機構)及び、JBIC(国際協力銀行)がそれぞれ平和構築という新たなテーマに対して特色のある取組みを行っている。
国際協力機構(JICA)
JICAは、既に「平和構築研究会」を立上げ、様々な角度から平和構築に向けての支援のあり方に関する検討を開始しており、更に2003年10月の独法化において独立行政法人国際協力機構法第三条の目的に「復興への寄与」を明記し、平和構築支援を新生JICAの重点事項に位置付ける意向を宣言した。JICAの平和構築支援の枠組みは、大別(1)和解 (平和教育、難民・帰還民の再定住支援、裁判など)、(2)ガバナンス支援(民主化、政府体制の構築、法制度整備、司法改革、選挙支援、など)、(3)治安回復(小型武器の回収、DDR等)(4)社会基盤整備(道路整備、水・電気などのライフライン供給、保険医療、教育支援、など)(5)経済復興支援(経済インフラの復興、金融システムの復旧、職業訓練・雇用創出、など)、(6)社会的弱者支援(障害者・女性・児童兵・戦災孤児などに対する支援、など)(7)緊急人道援助(難民、国内避難民支援)、 の7つの柱からなる。 近年は、インドネシア、エリトリア、モザンビーク、カンボジア、東ティモール、ボスニアなどで様々な角度から平和構築活動を行ってきた。また、アフガニスタンでは保険医療、教育、メディア、インフラ、女性支援、農業、DDR、警察通信支援、憲法通信支援、憲法制定支援を平和構築支援の軸として大々的な活動を繰り広げている。 上記(7)については、UNHCRとの連携を模索している。
国際協力銀行 (JBIC)
JBICにおいても平和構築支援のあり方の検討を進めており、従来得意としてきた電力、通信、およびインフラ基盤などのセクターを中心に貢献のあり方を追求している。 最近では、スリランカ、マケドニアやフィリピン(ミンダナオ島)などで平和構築を目標とする円借款を行っている。 特に、JBIC はスリランカにとっての最大の援助供与機関であり、スリランカでの平和実現、定着における重要な役割を荷っている。
平成14年度JBIC開発金融研究所は、「紛争と開発:JBICの役割」と題する次の3つの調査を実施した。(1)平和構築に資する開発援助の理論と手法、(2)スリランカの開発政策と復興支援、(3)西・中央アジア地域安全のための開発政策1。
7)関連リンク
I. 日本の取り組み
外務省の紛争・災害分野へのODAの取り組み
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/seisaku_2/
sei_2f.html
外務省のODAによる平和構築への取り組みの概要が掲載されているマガジン、国際協力プラザ 2003年8月号
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/minna/minna_6/
kp2003_08/chapter01.html
JICA (国際協力機構)の平和構築に対する取り組み、方針、枠組み
http://www.jica.go.jp/global/peace/index.html (左側のメニューより、JICAの平和構築分野での協力事例―アフガニスタン支援を含む、プロジェクトの照会、平和構築活動の実績、報告書、資料などへのリンクがある)
JBIC (国際協力銀行)の取り組み (平和構築支援を含む)
http://www.jbic.go.jp/japanese/
II.カナダの取り組み
平和構築イニシアティブホームページ
http://www.acdi-cida.gc.ca/peace
過去・現在の平和構築に対する取り組み、Peacebuilding Fundにより現在行われているプロジェクトなどの情報。
カナダの(CIDA、DFAIT共)過去の平和構築分野での経験
http://www.acdi-cida.gc.ca/cida_ind.nsf/
d86cbc87319a898c8525677e0072d6f8/fe1aa41ae95989648525698b
00665cbb?OpenDocument
DFAIT (Department of Foreign Affairs and International Trade)の平和構築分野における活動
http://www.dfait-maeci.gc.ca/foreign_policy/global_issues-en.asp
The International Development Research Center の取り組み、事業例、リサーチ
http://www.idrc.ca/peace/
III.国連の取り組み
国連 Department of Political Affairs の平和構築活動の紹介は http://www.un.org/Depts/dpa/docs/conflict/index.html
国連開発計画(UNDP)での平和構築活動を率先している Conflict Prevention and Recoveryプログラムのホームページ http://www.undp.org/erd/
日本語でのUNDPと日本の平和構築分野における協力については http://www.undp.or.jp/hotspots/index.html
IV. 世界銀行
The Conflict Prevention and Reconstruction Unit ホームページ
http://lnweb18.worldbank.org/ESSD/sdvext.nsf/67ByDocName/
ConflictPreventionandReconstruction
V.重要論文・書籍
国連連合広報センター
http://www.unic.or.jp/centre/pdf/peace.pdf
この刊行物にはガリ元国連事務総長による「平和への課題=予防外交、平和創造、平和維持」および 「平和への課題続編」の日本語版が収録されている。
1 GRIPS Development Forum Policy Minutes No.16 pg15(2)を参照
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